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今回の原発事故が「科学技術の敗北」と言われるのは違和感があって、設計条件を超す津波や地震が起きる可能性は「科学的に」指摘されていたのに、それを無視・圧殺した「非科学的態度」こそが問題じゃないのかと。
Twitter / @丹治吉順 aka 朝P (via diphda)

違う。これはリスク管理の問題。「可能性」の問題であれば科学的にはどんなことだって起こりうる。問題は発生確率と想定される被害の大きさ、そしてその対策にかかるコストの大きさだ。たかだか数十年の寿命しかない原発に対して千年に一度しか起きないような事象に対応しろと言われて、それにお金を払うやつがいるか。実際に被害を受けた後で「こーすればよかった」「あーすればよかった」なんて誰でも言えるんだよ。

とはいえ、今回の事故はかなり教訓的ではある。素人目でもわかるのは、まず指揮系統の混乱ぶり、そして電源喪失という事態を想定していず(場当たりな対応のみで)効果的な対応を取るのに時間がかかり過ぎたことだ。何度も書いたが個人的には IAEA でもなんでも外部の調査団を受け入れて今からでも調査・分析を開始すべきだ(できれば第一報が株主総会に間に合うスケジュールで)。そしてそれを国内はもちろん世界に公表すること。それが「原発とともに生きる」私たちにとって必要なことだ。

(via hexe)

designdailysm:

平賀源内のアプローチに、現代のソーシャル時代におけるキュレーションに通じるところを感じるのです。 江戸期の本草学において平賀源内が果たした役割というのは、まさにキュレーターだったと思うのです。

「上の口じゃ原発イヤだイヤだって言ってるけどおうちの電力メーターは正直だねぇ〜」胸の中でそんな一人芝居してる検針員一人くらいいそう。
Twitter / ktrst (via 774)
「辞めるバイトを気にかけすぎだろ」って言われた事があったが。… 昔勤めていた或るバイト先にて、管理者が閲覧可能なマニュアルに、「辞める人をこそもてなせ。代替可能な労働力と思うな。将来に渡って自社の顧客となりう る可能性を持つ人に対し失礼は許さない」(大意)とあって、いいなと思った。
Twitter / @yasu (via raitu)
otsune:

iPadをおしりに入れて持ち運ぶ「iBap」 | iPadWalker.NET

日本の大企業がなぜ GMail など SaaS の利用を嫌がるか。原因はいろいろあるが、中でも特筆すべきは「何かあったときに叩かれる」というリスクが極めて大きい、という点である。
実際のところ、GMail を使おうと使うまいと、事故が起きる確率は大して変わらない。また、事故が起きたときに顧客や消費者に迷惑をかけるリスクも大して変わらない。ところが、「誰かに叩かれる」リスクだけは恐ろしく高くなるのだ。「それ見たことか」「だから言ったのに」としたり顔で批判する社内勢力、「管理体制に問題があったと言えそうです」と報じるマスコミ、絶好の叩きネタと狂喜する炎上大好きネット住人、天下りを押し込む好機と見る監督官庁などなど。こういったリスクは大企業ほど大きい。
そのため日本の大企業は、業務を効率化して株主価値を生み出すためでなく、顧客・消費者利益に貢献するわけでもなく、「叩かれるのを防ぐ」ことに注意を集中しがちである。これがコンプライアンスという言葉の実態である。

GMail でなく閉鎖型の社内システムを使っても、事故が起きる確率は大して変わらないし、顧客に迷惑をかける度合いも大して変わらない。しかし、事故が起きたときに「これだけセキュリティに気を遣っていて事故ったんだから仕方ないですよね」と言い訳ができれば、大企業自体が受けるダメージは大幅に低減できる。日本の大企業においてセキュリティという言葉は、だいたいそのような意味で使われている。
この「言い訳できるよう準備しておく」というのは、何か価値を生み出すわけでもなく、生産的と言いがたい作業なのだが、日本社会においては重要なプロセスである。情報セキュリティ以外でもそうしたプロセスはよく見られるし、それによって雇用が維持されている側面もある。オープンソースより「保証のある」プロプライエタリなソフトウェアが好まれるのも同じ原理だと私は見ている。

有名な広告づくりの教えなんですが、今の状況にも役立つと思います。

キャッチボールってあるじゃないですか。1対1でボールを投げ合う。たのしいですよね。そのとき、突然、横から誰かがボールを投げる。受けられますか。きっと、受けられません。たぶん、プロ野球選手だって受けられないんじゃないでしょうか。

 たった2つでも、人間は受けられないんです。

 その広告づくりの教えでは、だからたくさんのメッセージをひとつの広告につめこんではいけません、メッセージはひとつにしぼるべきです、と続きます。たくさんのお金を出して出稿する広告です。受け止められないと、お金を溝に捨てるようなものですから。

 広告情報ならば、消費者はノイズとして無視、となりますが、震災の情報はちがいます。人の生き死にに関わりますから、無視はできません。できるだけ多くの情報を得たい、とりこぼしたくない。それが、人情というものです。

 でも、人間は、多くのボールを同時には受け止められない。悲しいけれど、人間の心はそういうふうにできています。いやがおうでも情報を受けてしまう。それはしょうがないことです。私もそうです。だけど、人間にはそれができない。そういうふうにはできていない。

 そのことは、知っていてもいい、損はないと思います。

先人たちが後悔しているのは、例えば以下のようなことです。

(1)「自分にとって大切なこと」を優先できなかった
(2)わかっていても結局「守り」に入ってしまった
(3)「二元論」で考えなければよかった
(4)「仕事」と「家庭」のバランスが取れなかった
(5)未来の成功より「今日一日」を大切にすればよかった
(11)会社が自分に「何を求めているのか」をもっと意識すればよかった
(13)「どこまで目指すか」を考えるべきだった
(15)「他人を動かすスキル」が身につかなかった
(19)「スピード」をもっと重視するべきだった
(22)「週末時間」を有効に使えなかった
(25)「付き合いのいい人」である必要などなかった
(26)「優先順位」を間違ってしまった
(31)「年下との人間関係」を大切にすべきだった
(35)「会社以外の居場所」を見つけておくべきだった
(36)自分自身を「振り返る時間」を持つべきだった
(41)年相応の「お金の使い方」を考えればよかった
(44)「親業」にもっと積極的に取り組めばよかった
(45)「上司の能力」を積算しておくべきだった
(47)やはり「出世」したかった
(49)サラリー以外の「生活の糧」を持つべきだった

twitterでつぶやくことに,ソースの正しさ求めて何になる? 即応性と,よく言えば緩やかな人間関係の維持意外に存在価値のないメディアなんだっていう事を皆さん自覚していないのか?

Twitter / @Y.Saito (via soulboy)

ややこしいのは不特定多数の人たちに公開されている、という点。話しの対象になっている記事を知っている人もいれば、知らない人もいる。誤解が生まれたり何だったりすることを考えると、ソースを明示するのは重要なことだと思う。トラブル防止のためにも、新しい誰かと繋がるためにも。

(via sesuna)

「デザイナーってどんなことするんですかぁ?」って聞かれて「(タバコの注意書きを指して)こういう文字と文字の間を空けたりつめたりする仕事だよ」て言ってた
Twitter / こべに (via tiga) (via voqn) (via aji) (via petapeta) (via erewwa) (via nuremochi) (via makiton) (via yamashyjpx) (via s-hsmt) (via hsmt) (via yuuyamatsumoto)